第100回 勝兵塾月例会レポート

塾長・最高顧問 元谷 外志雄

塾長・最高顧問 元谷 外志雄

 勝兵塾第100回月例会が、9月19日(木)にアパグループ東京本社で開催されました。
 冒頭のアパグループ元谷外志雄代表による塾長挨拶では、「本日は、東京で100回目となる勝兵塾月例会である。2011年6月に勝兵塾を開塾した。2012年5月には金沢支部が、同年12月には関西支部ができ、これまで計270回の例会が開催され、延べ19、000人以上が参加した。一昨年に行われた衆議院議員選挙では、勝兵塾からの推薦候補者48名中47名が当選し、今年の7月に行われた参議院議員選挙では、推薦候補者12名の全員が当選し、国会でも勝兵塾が一大勢力となっている。第1回の月例会で、『勝兵塾からいずれ総理を出す』と言ったが、先日の内閣改造では、5名の勝兵塾講師特待生が入閣し、かなり近いところまで来ている。これまで勝兵塾が果たしてきた役割は大きいと言える。」と、これまでの勝兵塾の成果を振り返りました。

駐日パキスタン大使館特命全権大使イムティアズ・アハマド閣下

駐日パキスタン大使館特命全権大使イムティアズ・アハマド閣下

 駐日パキスタン大使館特命全権大使イムティアズ・アハマド閣下は、「パキスタンは長い歴史を持っているが、パキスタンとして独立したのは1947年である。それ以前はイギリスの植民地であった。パキスタンには3つの古い文明があり、メヘルガル文明は紀元前7000年から紀元前2500年まで、インダス文明は紀元前2600年から紀元前1900年まで、ガンダーラ文明は紀元前500年から紀元1000年まで続いた。インダス文明の影響は今も残っている。計画都市で道路や下水施設が整備され、海外と交易をおこない、文字も使っていた。ガンダーラ文明で最も有名なものはお釈迦様の像で、今は国外に持ち出せないが、過去には世界中で展示されてきた。タクティ・バイ遺跡は世界遺産にも指定されている仏教寺院である。パキスタンは南アジアに位置し、北東には中国、北西にはアフガニスタン、西にはイラン、東にはインド、南にはアラビア海があり、重要な場所にある。パキスタンの北部には、カラコルム山脈、ヒンドゥークシュ山脈、ヒマラヤ山脈と3つの山脈があり、世界第2位の高さのK2をはじめ、8、000メートルを超える山が5つある。金や銅、石炭などの天然資源が豊かで、人口の5割以上は農業に従事し、綿や小麦、米、牛乳、肉を輸出している。国土面積は88・2万㎢で人口は2億2千万人である。人口の6割以上は50歳以下でとても若い国である。国語はウルドゥー語であるが、州によって言語が違い、80の言語がある。公用語は英語で、英語を話す人の数では世界でトップ10に入っている。食文化は、パンが主食で、カレーの種類が豊富で、北の方は辛くないが、南に行くと激辛になる。経済は5・8%の成長を続けてきたが、昨年は外貨準備高が不足し、成長率が3・5%に低下した。今年に入りIMFと協定を結び、今は経済的に安定している。日本との関係は、仏教を通じて古代から関係があるが、1917年に日本の商社がカラチに事務所を設置し、綿を買って日本に輸入した。日本とパキスタンが国交を樹立して67年になる。1948年に日本はパキスタンに貿易事務所を設置し、1951年のサンフランシスコ講和会議では、パキスタンは日本を支援した。1950年代に日本の経済が回復していく中では、パキスタンからの綿が日本の繊維産業を助けた。一方、日本からの円借款や無償援助、技術協力によってパキスタンのインフラが整備された。両国の間での交流としては、2018年1月には河野外務大臣がパキスタンを訪れ、来月の天皇陛下即位の礼には大統領が参加する。85社が日本からパキスタンに進出し、自動車の9割くらいが日本メーカーのもので、パキスタンの発展に貢献している。これからより多くの企業をパキスタンに迎えたい。」と、パキスタンの歴史や産業、日本との深い関係を紹介されました。

外交評論家の加瀬英明様

外交評論家 加瀬英明様

 外交評論家の加瀬英明様は、「昭和20年9月2日に、ミズーリ号の艦上で行われた降伏調印式で、降伏文書にサインをする重光葵全権の脇に立っていたのが当時42歳だった私の父である。私が中学生の時に、父にどのような気持ちだったのかを聞いたところ、父は、『日本は戦闘には敗れたが、数百年に亘って奴隷のように虐げられていたアジアの同胞を解放した。戦争には勝ったという誇りを胸に持って立っていた。』と話した。大東亜戦争は日本だけが戦ったのではない。インドの独立はインパール作戦が引き金を引き、インドネシアやフィリピンなど、アジアの多くの場所で、戦後連合軍が再び侵略したが、アジアの兄弟達が戦い続けて、アジアが解放された。」「2年前に北朝鮮が日本の頭上を越えてミサイルを発射したことで、北の核開発に対する危機感が高まったが、今ワシントンでは、中国と韓国のことばかりが話題になり、北朝鮮は忘れられている。しかし、北は核を手放すことはない。日本が心から感謝しなければならない人物が3人いる。まずは習近平である。アメリカは民主党が主導するグローバリズムと、古き良きアメリカを守ろうとする地方の勢力とで分断されていた。トランプ政権が誕生してさらに分断が進んだが、習近平はアメリカの力が弱まってきたと考えて、一帯一路や南シナ海の軍事化を進め、世界覇権を目指すようになったため、危機感を持ったアメリカは再び団結した。アメリカが再び団結してくれたことで、日本を立て直す時間的な余裕ができた。二人目はトランプ大統領である。アメリカを普通の国にするとして、アメリカ第一主義を打ち出した。日本も普通の国にならなければならないと考える日本人が増え、ようやく憲法改正が実現できそうなところにまできた。三人目は文在寅大統領である。反日であれだけ無茶苦茶をして韓国は混乱しているが、アメリカやヨーロッパでも韓国の滑稽な大混乱が毎日報道されており、逆に日本のイメージが高まっている。文大統領がもっと無茶苦茶すれば、韓国人の多くは危機感を持ち、文大統領が弾劾される可能性がある。そうなれば韓国はまともな国になれるだろう。香港では自由を求める集会デモが続いている。10月1日には中国共産党による建国70周年を迎える。人民武装警察軍が1~2万人香港警察の制服を着て香港に入っている。そのため、10月1日以降に虐殺を行う可能性があると思っている。天安門事件で鄧小平が大虐殺を命じたのは、当時民主化の動きが中国全土に広がろうとしていたからである。香港のことは中国国内では報じられていないが、民主化の動きが中国全土に広がれば、中国共産党の生死にかかわる。ただ、天安門事件のようなことをすれば、諸国から経済制裁を受け、習近平体制が倒れるだろう。このような状況で私達はまだ昼寝を続けていてよいのだろうか。代表の愛国的な活動に感謝したい。」と、日本を取り巻く国際情勢を解説され、日本に警鐘を鳴らされました。

元文部科学大臣・衆議院議員の馳浩様

元文部科学大臣・衆議院議員 馳浩様

 元文部科学大臣・衆議院議員の馳浩様は、「安倍四選のシナリオをどう描けばよいか?」と質問され、加瀬様は、「まずは馳先生が先頭に立って頑張ることだと思う。私は安倍総理が四選をしてくれないと日本は危ないと思う。世論調査を見れば安倍総理の次は誰が良いかという問いに対して、一位が小泉進次郎、その次が石破茂だったが、彼らが安倍総理の後を継げばこの国は亡びることになる。」と答えられました。

前内閣府特命担当大臣・衆議院議員の片山さつき様

前内閣府特命担当大臣・衆議院議員 片山さつき様

 前内閣府特命担当大臣・衆議院議員の片山さつき様は、「約1年前に内閣府特命担当大臣として、地方創生、まち・ひと・しごと創生、規制改革、国家戦略特区、公文書管理、男女共同参画、女性活躍推進、PPP・PFI、都市再生などを担当してきたが、退任の際には、安倍総理に『全分野完璧にやってくれたよ。』と言って頂けた。地方には人と資金の流れが足りない。地方でも出生数が少なく、東京では出生率が1を切っている。この国の持続可能性を考えると、一極集中は危ない。日本よりも一極集中しているOECDの国が一カ国だけあるが、それは韓国である。今からは、地方は東京を頼らず直接世界に行かなければならない。今は世界中とすぐにeコマースができる。SDGsを原動力に、地方から直接世界に出て行って欲しい。ソサイエティ5・0はしがらみのない地方の方がやりやすい。土地は安く可能性がある。そのために足りないのが人材であり、民間と地域をマッチングするためのプラットフォームを創るために動いてきた。この中で金融機関の担う役割は凄く大きい。社会の担い手として女性や高齢者、ハンディキャップのある方、みんなが居場所や役割を持って活躍できる社会にしたい。そこでは経営の視点が必要である。地方に良い大学がないと人が残らない。そこで7つの大学のモデルを設定して、例えば富山では、富山大学をはじめ関連する大学でコンソーシアムを組み、知事も関連する企業も経済団体もこれに入って『薬都』、つまり薬のことを扱うなら東京ではなく富山に来るような流れを創った。政府機関の移転は、まだ文化庁と消費者庁だけだが、やってみて与野党を問わずこんなに反対が多いと思わなかった。一番の問題は国会対応である。中山間地でも地方創生を始めたが、中山間地は水源でありそこに人がいないというのは国防上も良くない。有人離島についても議員立法で優遇措置を設けたがまだ足りない。中山間地と有人離島をしっかり守るという視点を、この夏に初めて地方創生の中でしっかり位置付けた。ソサイエティ5・0は、自動運転とAIのヘルスケアへの取り組みである。スマート農業とドローン物流は非常に大きな可能性を生む。これらのための人材を育てなければならないが、今はJAも各地の生産法人も大きく変わってきた。一番遅れているのがコメ作りである。しかし、デジタル人材が足りない。日本では理系で成績が良いと皆医者になり、勿体ない。理系人材を優遇し、地方に送り込む仕組みを作っていかなければならない。私は大臣で唯一自分で査定できる1、600億円の予算を持ち、種を蒔いてきた。地方創生の中にもSGDsの概念を取り入れ、企業や団体にも地方創生SDGsプラットフォームに入ってもらおうと取り組み、経済団体や大手金融機関、JCも入って、900団体という目標を前倒して達成した。SDGsへの取り組みが進んでいる地域では出生数が増えている。進めるためには知事や市町村長の強いイニシアチブと議会の協力が必要である。スーパーシティへの取り組みが世界中で行われているのは、治安が悪化しているからである。今までのやり方では市民は守れなくなっている。その取り組みで成功したのがブエノスアイレスである。監視社会と言われるが、未然防止ができ、犯罪や事故が激減した。オリンピック後のバルセロナでは、渋滞緩和やごみの削減が進んだ。中国の雄安新区は1、000万人の都市を北京の外に造り、しかも環境に優しいという。スーパーシティの元となるのはデータの標準基盤である。これを日本でできるようにしなければならない。これは経済的安全保障そのものである。」と、担当大臣としての地方創生の取り組みと課題について語られました。

国立遺伝学研究所教授の斎藤成也様

国立遺伝学研究所教授 斎藤成也様

 
 国立遺伝学研究所教授の斎藤成也様は、「日本列島は南北に長いが、我々人類学者は、日本人を北のアイヌ人、真ん中のヤマト人、沖縄人の3つのグループに分けている。7年前に出した論文では、アイヌ人が縄文人に最も近く、次にヤマト人、そして沖縄人が縄文人に近いとしたが、このことは縄文人ゲノムの調査でも確認された。福島県産岩治の縄文人のゲノムDNAを調べたところ、一番近いのがアイヌ人、次に沖縄人、ヤマト人、より遠いのが北部中国人と、我々の研究と同じ結果となった。主成分分析では、北海道礼文島の船泊遺跡と愛知県の井川津遺跡の縄文人に、同じような傾向が見られた。我々ヤマト人は、縄文人と大陸の東アジア人の中間にある。つまり、我々は縄文人という先住民と後から来た大陸の人々との混血であると言える。船泊の縄文人のDNAと最も近いのがヤマト人で、10%のDNAを縄文人から受け継いでいる。残りの90%は弥生時代以降に日本列島に稲作を持ち込んだ大陸の人々である。次にY染色体の調査結果であるが、日本人はD、C、Oの3つの系統があり、このうちDを持つ人が3割で、日本人、チベット人、アンダマン諸島人にしかない。4万年前に日本列島にやってきた旧石器時代人がDを持ち、縄文人でもDの割合が高かったのだろうと考えていたが、分析で実際にその通りだと確認された。船泊のF5と呼ばれる男性のDNAを調べたところ、彼もDだった。統計的に見れば、おそらく縄文人は高い頻度でDだったと言える。Oは後にやってきた農耕民族だろう言われている。関東地方人、出雲人、韓国の人々、北京の人々、南方の人々の5つのDNAを調べたところ、出雲は地理的に朝鮮に近いので出雲人は韓国の人々とDNAが近いだろうと思っていた。ところが、主成分分析によれば、出雲の人々の方が、関東地方の人々より韓国から遠いということが分かった。そこで、内なる二重構造モデルを提唱した。まず、3000年前に日本列島に稲作がもたらされた九州の北部の博多から畿内の大和、河内、京都、それから東京を結ぶ地域を中央軸と名付け、日本列島を中央軸と周辺部とに分けた。数年前から共同研究をしているジェネシスヘルスケア社から提供された15、000人のミトコンドリアDNAを解析した結果、その分布が、東西南北にかかわらず、中央軸と周辺部分とで明確に分かれている結果が得られた。私が提案している『海の民』は、縄文時代に、朝鮮半島から遼東半島、山東半島、上海あたりで漁業を営んでいた人々が、新天地である日本に来たという仮説である。5000年前の韓国の人々の骨のDNAが縄文人に近く、縄文人は日本だけでなく朝鮮半島にもいたことがわかった。そこで、三段階渡来説によって内なる二重構造ができたと考えている。つまり、中央軸には新しい層の人たちがいて、その周辺に古い層の人たちがいると考えられる。日本の記紀神話における国津神を古い層、国津神を打ち負かした天照大神以来の天津神を新しい層と、神話を解釈することができる。昨年度から文部科学省の新学術領域研究『ヤポネシアゲノム』が始まっている。現代人、古代人、動植物のゲノム、考古学、言語学などを総合して50〜60人のチームでやっている。あと3年半のうちに新しい成果を出していきたい。また、私は沖縄に国立自然史博物館を造ろうと活動をしている。沖縄は2022年に復帰50周年になる。その目玉を沖縄県が探しており、沖縄県もこの活動を後押ししている。10月から琉球大学の医学部にクロスアポイントメントとして10%だけ行くことになっているが、これから沖縄にも注目して頂きたい。」と、遺伝子による日本人の研究成果と今の取り組みについて解説されました。

在日本ルーマニア商工会議所会頭の酒生文弥様

在日本ルーマニア商工会議所会頭 酒生文弥様

 在日本ルーマニア商工会議所会頭の酒生文弥様は、「科学的に人種というものが存在するのか? アメリカ大陸に初めにたどり着いたのが縄文人に近いヤポネシア人だったという説があるがどう思われるか? シュメール人が日本人の起源であるという説についてどう思われるか?」と質問され、斎藤様は、「『人種』という言葉は使わず、『集団』という言葉を使っているが、集団間の差は明らかにある。例えば朝鮮半島に住む人のゲノムと日本列島に住む人のゲノムは、3000年以上前から分かれ、その間に遺伝的に変わってきている。縄文人の系統は、4万年前に日本に来た人々なので非常に古く、アメリカ大陸に人類が渡っていったのは1万5千年前であるから、古い祖先が行った可能性もあるが、シベリアを通ってヨーロッパ系の人々が渡っていった可能性が高いだろう。シュメール文明については、シュメールはペルシャ湾の湾岸にあるが、海を通じて繋がっているので、ひょっとしたらそれが『海の民』ではないかというロマンはあると思う。」と答えられました。

衆議院議員の三ツ林裕巳様

衆議院議員 三ツ林裕巳様

 衆議院議員の三ツ林裕巳様は、「私は、元々は医師で、社会保障についてこれから取り組んでいきたいと思っているが、齋藤先生のお話は自民党本部でも講演して頂きたい内容だった。国立自然史博物館を沖縄に造るという取り組みも大変素晴らしいと思う。琉球大学で高度先進医療病院を西普天間に移設する計画があるが、ただ移設するだけでは勿体ないので、そこに外国人を呼ぶような高度先進医療の施設を造ろうと国は考えているが、沖縄が反対している。知事が革新系であり、政府のやることに何でも反対ということが根底にあるのかもしれないが、沖縄県民のためにも、国民のためにも、日本の医療を求めて来る東南アジアの人々のためにも、沖縄という立地を活かしていただきたい。国立自然史博物館については私も勝兵塾の一員として片山先生と共に応援していきたい。」とコメントをされました。

武心教育経営塾塾長の近藤建様

武心教育経営塾塾長 近藤建様

 武心教育経営塾塾長の近藤建様は、「大変アカデミックな内容であったが、その考え方を生活の中でどのように活かしていけば良いか?」と質問され、斎藤様は、「我々の中に10%くらい縄文人のDNAが入っている。私は、日本人は縄文時代のような採集狩猟民の生き方をもっと持つべきだと思っている。現在人口が減少して大変だと言っているが、縄文時代には日本列島の人口は10万人から30万人くらいであり、江戸時代でも3、000万人で平和に暮らしていたのだから、人口が減ったくらいではびくともしない生き方をするべきではないか。」と答えられました。

 

 最後に塾長は、「今日の産経新聞見開きと日経新聞1頁に掲載されたように、明日は横浜ベイタワーの開業で、明日は読売新聞にも1頁広告を出す。これまでのホテルの開業と異なり、開業フェスティバルとして、8時30分から先着1、000名様にアパ社長カレーを、500名の方には2、500円で宿泊できるお試し優待券をプレゼントすると共に、1等は50型液晶テレビ、2等はクラウドフィットが当たる抽選会を予定している。当日はフォトコンテストも開催し、素晴らしい賞品を用意している。是非横浜にお越し頂き、一緒に開業に参加して頂ければ幸いである。今日は勝兵塾の100回目、明日は日本最大級のホテルが横浜で開業と行事が続いている。アパは30階建以上を6棟建築していて、その1棟目が明日オープンする。現在全国53ヶ所で設計建築中のものが、後2、3年のうちにほとんどが開業し、約19、000室が増える。最大の社会貢献は、需要を創造し、雇用を創出、適正利益を上げて納税義務を果たすことである。創業以来一度の赤字も出したことはなく、前期連結決算では362億円の経常利益を上げた。今期もそれに近い利益を出すことができるだろう。この利益は、設計建築中のホテルの金利や固定資産税、開業準備費用などを全て落とした上での利益である。これだけ貢献しているのだから好きなことを書き、好きなことを言っても、誰も何も言わないのだろう。」と、事業活動と言論活動の相乗効果について話して会を締め括りました。